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戦場は新兵器実験に最適の場 (原爆はなぜ2つ落とされたのか?)

 在日米軍をお客様として5年ほど担当していたことがある。北は三沢から南の沖縄まで、日本にある主な米軍基地には全部行った。基地を訪問していると、軍関係の知識も増える。ある時、ふと気づいた、戦場は、新しく開発した兵器の威力を確認するには絶好の場なのだと。

 米軍は必ず戦場で新兵器の威力を試している。例えば、フセイン政権を倒したイラク戦争。2003年3月の時である。戦況が明らかに米国の勝利を思わせるようになった頃、イラクの街全体が突然停電になったというニュースが流れた。もしかして、と思って米国の大手ニュースサイトをあたった。どの大手マスコミも、たんたんと停電だけを報じていた。一つだけ、新型爆弾「電磁波爆弾」が使われたのではないかと米国の軍事専門家が分析しているコメント流しているところがあった。もちろん、米軍は、その存在すら否定する。

 電磁波爆弾というのは、強力な電磁波によって電子制御システムを一瞬にして機能停止させてしまう新兵器だ。このシステムが狂えば、敵の兵器は不能になり反撃することが不可能となる。都市部でも、無差別に電子機器に被害を与えることになる。電気や酸素補給、水道などライフラインも遮断される。

 敵のシステムを攻撃したとしても、味方にも影響を及ぼして電子機器が動かなくなってしまう恐れもある。それ故、敵が”死に体”になった時が新兵器を試してみるのには絶好の時期となる。新兵器を使ったことがバレて、その悲惨さを非難されたとしても、勝てば官軍である。新兵器を使ったことによって戦争の終結を早めることができたなど、後でなんとでも理由づけできる。戦争に勝利すれば、新兵器の効果も堂々と検証できる。自陣に有利な展開で進められている戦場は、ほぼ開発し終わった新兵器を試す実践の場として最適なのである。

 さて、広島・長崎に落とされた原子爆弾。昨年のNHKニュースでは、日本にいる米国人が「原爆を落としたことにより戦争の終結が早まったので大勢の命が救われた、米国が謝罪する必要は無い。」という米国人のコメントを流していた。米国では、歴史の授業では、原爆を落としたことによって日本の降伏が早まり、100万人の命が救われたと教え込んでいる。米国人の意識に、原爆投下の正当性を摺りこんでいる。

しかし、戦争の終結を早めるだけなら、広島だけで十分である。長崎にも落とす必要は無い。なぜ、2つも落とす必要があったのか?しかも、7月下旬には日本政府は内々に連合国側に無条件降伏を打診していた。原爆を落とさなくても、早晩降伏したはずだ。日本が降伏を申し出ていることは、米国も把握していた。

ちょうど、その頃一方、米国は、1945年7月16日に新型兵器「原子爆弾」の実験を終わらせていた。あとは、実戦での威力を試すだけだった。敵(日本)が降伏してしまっては、新兵器を試すことができなくなる。7月中旬に米国は、日本が降伏しそうであることは掴んでいた。死に体の日本は、新型兵器「原子爆弾」の実戦での威力を試すには、最適な場所・状態に映ったはずだ。降伏した後に爆弾を落とす訳にはいかない。その前に、なんとしてでも試したかったのだろう。その場所として、投下場所として2都市必要だった。
なぜ?????
開発した原子爆弾は、「ウラニウム爆弾」と「プルトニウム爆弾」の2種類。新型爆弾を実践の場で使い、その威力を確かめたかった。落とす場所が2ヶ所必要だ。それで、広島には「ウラニウム」、長崎には「プルトニウム」の違う種類の原爆を落とした。これが真相だろう。
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