恋愛成就のメールテクニック
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意識と事実とのギャップにトラブルが芽生える (その2)

自宅で連れ帰った子どもから話を聞くと、夕方の4時頃から家を閉め出されてしまったようだ。時間をおいて何度か玄関のチャイムを鳴らしても、すぐに切られてしまうという。親のお金を盗んだのは今回が初めてなのだが、2月頃にもお金を盗んだと親に疑われた。その時は僕ではないので、たぶんおばあちゃんだろうという。(もしかして、泥棒一家かと思った。)勉強しなかったら、朝の4時ごろまで勉強させられたことがあった。かなり、厳しい親のようだ。

小学生 「僕なんて要らない子なんだ。」
妻   「お母さんは、大変な思いをして生んでるのだからそんなことはないと思うよ。
     XXちゃんのことを思って、厳しくしているだけだよ。」
私   「夜も遅いし、これからどうする?」
小学生 「・・・・。10時になったら、また戻ってみるよ。」
私   「そうか。で、またチャイムを切られてダメだったら、どうする?」
小学生 「・・・・。」

しばらくの間、どうするか良い案が思い浮かばない。一晩ぐらいなら、預かってあげても良いのだが、例えば、深夜の2時ぐらいになって、行方不明ということで大騒ぎになるかもしれない。
10時になったので、もう一度自宅戻ってみることにした。今度は妻がその子の自宅まで付き添うことにした。正確には、自宅まで一緒に行ってしまうと親がさらに怒ってしまうので、妻は少し遠くから自宅に入れるかどうか見守っていた。
 結果は、自宅にはやはり入れてもらえず、子どもは妻の元に戻ってきた。妻は、私との打ち合わせどおり、その後、駅の反対側にある交番へ行き、子ども預かってもらうことにした。交番はちょうど他の案件があったようで、おまわりさんは居なかった。インターホンで近くの警官と連絡をとったようだった。交番の前で到着を待っていると、「おい、XXX君、ここで何しているんだ。」と声をかけてきた人がいた。その子が通う小学校の先生二人だった。仕事を終え、帰宅のために駅に来たところだった。そこに警官の車が現れ、その子を引き渡し、妻が戻ってきた。夜の10時半を回っていた。
 なぜ、交番に子どもを預けることにしたのか?夜中の10時を過ぎても自宅に入れないというのは“お仕置き”の範疇を過ぎて、“虐待”に近づいているのではないかと考えたからだ。直接その子の家に連絡を取って、中を取り持つということも考えたが、子どもは親からさらに怒られるからと嫌がる。近所なので親の方も体裁がわるいだろう。結局、警察官が夜中に一人で歩いている子どもを保護したということが筋書きとしては一番あたりさわりがないだろうということになった。
 子どもの親は、躾あるいはお仕置きの意識で厳しく子どもに接していたのだろう。しかし、以前は問題とならなかったとしても、昨今の風潮から考えるに深夜近くまで家に入らせないということは客観的には虐待に映ってくる。以前からある学校の体罰問題も、教師の意識ではあくまでも躾であっても、事実としては生徒への虐待となっているところがある。身近のところを見ると、この当事者の意識と周りが事実としてどう受け止めているか、ここに乖離があるところで問題が起こっていることに気づく。
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