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イタリア旅行記 その7/11 ― ―サンジミニャーノからローマへーー


イタリア旅行も残り2日。朝7:15分にホテルを出発。フィレンツェからローマに向かう。途中、塔の街として知られるサンジミニャーノへ寄る。ローマまでの道のりがバスで6時間ぐらいかかるので休憩を兼ねての立ち寄りです。
塔の街、何それ!と思う人が多いかもしれない。私は、偶然にもNHKのBS番組「ふれあい世界の街歩き」という番組のこの塔の街を見ていたので、少し興味があった。丘の上にある小さな街である。巡礼者がローマに行く途中で立ち寄ったのがこのまちのはじまりだ。交通の要所だった。ベローナよりも小じんまりとした街。この街へ入るには城壁の一部として残されている門から入る。石畳が続く。中世の街にタイムスリップした感じはする。街の中心部はユネスコの世界遺産に認定されている。
イタリア サンジミニャーノ EBP12-32788A 
(上の写真↑と下の写真2枚↓はいずれも阪急交通公社のウェブからの無断借用)

染料として珍重され、金のように高価だったサフランの生産地でもある。街の有力者たちは、サフランの取引と交易により莫大な富を築き上げた。そうなると、人間は馬鹿なんだね。大抵はお決まりの抗争が始まる。この街も、ベローナと同じで、13世紀や14世紀に皇帝派と教皇派が争っている。2派に分かれた街の有力者がその権力を誇示する象徴として競って住居を兼ねた塔を建てた。最も力と富を持つ者が最も高い塔を建てる。

最も多いときは72本の塔が立っていた。さすがに町の議会がもういい加減にしろよということになって、(今は市議会場などに使われている建物に隣接する塔の高さである)54m以上の高い塔を建てんじゃねぇーよと規制。んじゃぁー俺ん家はツゥインタワー建てちゃうもんね。2つ足すと俺ん家の方が高いもんねと言った具合。黒死病(ペスト)が流行して、街の人口が半減してしまってからは街も衰退。14世紀の黒死病と交通の要所としての役割が減り、その後街は衰退。72本あった塔も現在は14本。イタリア サン・ジミニャーノENR14-77518A イタリア サン・ジミニャーノ EBP08-14130A

この街でもう一つ有名なものとして、ジェラート(アイスクリーム)の世界コンテストで1位を取ったお店がある。その世界一おいしいとお墨付きのお店でジェラートを食べてみた。カップの大きさで値段が変わる。小さいカップで2.5ユーロ(\300)。大きので5ユーロ(\600)ぐらい。陳列されているジェラートから2種類選べる。日本のアイスクリームよりねっとりしたかんじ。やはり、期待が高かったせいか・・・・まあまあの味。世界の水準がわかってよかったと言うのが正直なところの感想。チョコレートはスイス、アイスクリームはロシアだ。

ローマ市に入ったのが14時過ぎ。大急ぎで昼食を終えて、バチカン美術館へ直行。ここも入場券売り場までは100mはゆうに超える長蛇の列。予め現地ガイドが入場券を用意しくれていた。館内は山手線のラッシュアワー時の駅の混雑ぶり。押すな押すなの状態。うっかりするとグループからはぐれてしまいそう。しかも、広いので歩くこと歩くこと。ツアー参加者の中から行き倒れの人が出るのではないかと思うほど。現地ガイドさんが言うには美術館内だけで一回の案内で8kmぐらい歩くこともあると言う。それでも、ミケランジェロが上を向きながら4年かけて天井へ描いた教会廊下の天井画やシスティーナ礼拝堂の壁画「最後の審判」は実物を見て想定した以上に素晴らしかった。

ラファエロの間は通り過ぎて、残念ながらラファエロの絵画は見られなかった。うーん、やっぱりもう一度だな。次の時は、通常の開始時間よりも30分早く入場できる特別ガイドツアーが現地の旅行業者が企画しているから、機会があるのであればそれを使うのが良いと思っている。残念ながらバチカン美術館はグーグルのアートプロジェクトには協力してない。ストリートビューでは見られない。

「最後の審判」は素晴らしいと言うよりも面白かったと言う感じかな。右下に描かれた儀典長に似せた似顔絵の話を事前に知ったのでここばかり見てしまった。有名な話のようなので知っている人も多いと思うけど、念の為、次のようなお話。この最後の審判のには裸体が多い。ミケランジェロからすれば天国だから衣服なぞ着てないと言うことなのかもしれない。儀典長からこの裸が多いと言う点を非難された。「着衣をさせよ」という勧告が出されたこともある。ミケランジェロはこれを怨んで、地獄の王と蛇に絡まれている人物の顔をこの自分の芸術を理解しなかった儀典長にそっくりに描いた。しかも、その人物の股間を蛇がかみついている。

イタリア 最後の審判2 Last_Judgement_(Michelangelo)

これに対してて儀典長が教皇に抗議したところ、教皇は「煉獄はともかく、地獄では私は何の権限も無い」と冗談交じりに受け流されたという。と言う訳で、その後何百年にわたり、この話とともに儀典長の顔はさらしものになっている。芸術家をいじめると怖いね。気をつけなくちゃ。裸の方はミケランジェロの死後、弟子が股間にベールを描いて覆っている。この弟子もかわいそうにその後は「ふんどし画家」とのあだ名で呼ばれていたようだ。

バチカン美術館は1時間少しで見学を済ます予定だったのだろうか。実際は大幅に遅れて2時間以上かかっての見学。美術館を出たのは18時過ぎ。この時期、日暮れが遅いのに救われた。その後、スペイン広場やトレビの泉も訪れてやっとホテルと言う強行軍。もうクタクタだったぜ。フーッ。
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