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イタリア旅行記 その4/9  3日目  ーーベローナーー

前回の答えは、①中国語、でした。
教授は簡単という言葉を使うのが適切かどうかはわからないがと前置きしつつ、学びやすいというのであれば、論理的な言葉としては中国語だという答えだった。動詞が過去形や過去分詞に変化するようなことがない。名詞が男性とか女性とかの区別がない。(中国語に過去形がないということではない。動詞の後に”了”をつければ過去になる。あるいは昨夜とか明日という言葉をつければ、動詞は変えなくても過去形や未来形になる。時制に応じて動詞が変化しないのは確かに学びやすい。)

まぁー、確かにそうだよね。今回イタリアに行くにあたり、イタリア語もちょっと勉強した。スペイン語と同じように動詞の変化を覚えるのが大変。動詞は人称と単複で変わる。つまり、1・2・3人称の単数形、その複数形と現在形だけで6変化。これに複合過去に単純過去,あとは未来形と条件法と1つの動詞について50通り以上の活用があるようだ。まぁー、それを全部覚えなくて良いし、かつ変化の形も決まっているのでそれほど大変ではないという意見もある。それでも30パターンぐらいの変化は覚えなくてはいけない。一つの語学に慣れ親しむにはそれなりの努力が必要です。

さて、ミラノ市内の観光は午前中で終わり。団体ツアーでは路面電車に乗って市内を見て回ったり、スカラ座の建物の中をじっくり見てまわったりなんて時間はまったくない。短期間で観光名所をグルグル回る。

昼食後は、ロミオとジュリエットの舞台となったベローナへ。ベローナには中世の街並みが残っていた。観光客も多かった。アリーナと呼ばれる円形闘技場はローマのコロッセオよりも完全な形で残っている。そして、2000年経った今でもまだ実際に使われている。すごいね。夏はオペラやバレーの会場として6月カラ8月にかけてはほぼ連日何らかの行事が開催されているようだ。
ベローナへ来る観光客のお目当てはジュリエットの家だ。愛をささやいたとされるベランダが面している中庭は観光客だらけ。小説はあまり好きでない私は、ジュリエットの家よりも市街地を囲む城壁がそのまま残されているのをみて感動しました。やはり、中世の街は壁で囲まれていたんだと。
  
(上から順に、ベローナの城壁。広場でくつろぐ人たち。ジュリエットの家のベランダと中庭。ベランダにいる女性は単なる観光客。)

とまぁーー旅行記で言うとこの程度の感想になるけど、ふと、なんでまたシェイクスピアがこのイタリアの一都市の恋愛物語を書きたのだろうと思ってしまった。そして調べてわかったこと。
① ロミオとジュリエットには、ネタ本があった。シェイクスピアはそれを戯曲化した。恋愛物語の、ストーリを作ったというわけではなかった。そのネタ本の大元はイタリアで書かれていた。
② そのネタ本の作者は、ロメオとジュリエットの話は本当にあった話と主張していた。一方で、創作話であるという見方もある。その立場を取る専門家の間でも、当時似たような話は何件かあったという見解である。
③ というのも、13~14世紀頃の北イタリアは、教皇派(ローマ教皇庁)と皇帝派(神聖ローマ帝国)が地域の支配権を巡って争いが絶えなかった。キリスト教異端派が多かった。この異端派は正統の教皇派から迫害を受けた。そこで当時の神聖ローマ帝国側についた。
④ ベローナでは皇帝派が権力を握っていた。が、14世紀にローマ教皇(グレゴリウス9世)が神聖ローマ皇帝(フリードリヒ2世)を反キリスト教的として破門してからは、皇帝派と教皇派の争いが激化した。同じ派の中でも派閥争いがあってもうぐちゃぐちゃ。自分の家は自分で守るしかなくなって、家々が要塞化したようです。でもって、ロミオの家は皇帝派、ジュリエットの家は教皇派。
⑤ そういった政争を背景として、一時の平和を求めて権力者の家どうしによる政略結婚が行われる。そんな中でロミオとジュリエットのような恋愛悲劇が実際には何件か起こっていたようです。

うーん、ロミオとジュリエットは本当にあった話かもしれないとわかると、もう一度ロミオとジュリエットの映画見たくなってきた。実際にあった小説にもないような意外な話を見聞きするのは好きなんです。
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