恋愛成就のメールテクニック
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無料ソフトと続:タイガーの名前に込めた思い

個人の名刺を作って見ました。
エーワンという会社が作っている用紙を買ってきて、
ラベル屋さんという無料ソフトをダウンロードして作って見ました。
ラベル屋さん9のダウンロードサイト
http://www.labelyasan.com/support/download/

名刺の図案は、テンプレートとしてオンラインから気に入ったものを
ダウンロードして使えます。文字の部分を自分の好きなように書き込んでこんな感じ。
↓まあまあですかね、無料だし。
個人仕様の名刺

肩書きは無しで行こうかと思ったのだけど、無いとなんとなく格好がつかない。
で「指笛奏者」とか「ネットトレーダー」とか、何でも良かったのだけど、ユーモー溢れて親しみのある言葉が思いつきませんでした。とりあえずIT研究家で行こうかと。ちょっと硬い感じがします。

ーーーーー
さて、「タイガー」の名前に込めた父親の思いについては1月30日書いたとおりですが、この話は、その後、どうなったのでしょう?

ベトナム戦争に従事した米軍中佐アールウッズが、その時に一緒に戦ったけど行方不明になってしまった戦友との
再開を願って、自分の息子を戦友と同じニックネーム「タイガー」と名づけてタイガー・ウッズとなったと言うお話です。

タイガー・ウッヅがスーパースターとなったことで、アール米軍中佐は、果たして、グェン・フォンベトナム軍中佐と再会することができたのでしょうか?
この続きのお話は、コマーシャルの後で・・・・・とTVならなりますが、


以下、後日談。

 この話を聞いたゴルフダイジェストの記者が、1997年から執拗に追跡調査を開始します。
記者も、実際にサイゴンに現地調査へ行くまではアール米軍中佐の言っていることを信用してなかったようです。サイゴンに飛んだゴルフダイジェストの記者は、現地から次のような事実を報告しています。

 グェン・フォン中佐はサイゴン陥落後、自分の故郷に戻り2ヶ月ほど身を隠していた。そして、サイゴンに行き家族と再会した後に、見つかって射殺されるのを恐れ、先手を打って投降した。その後は、収容所を転々とする生活が続いたが、1976年9月に収容所で餓死した。公式な記録には、心臓発作とある。タイガー・ウッズが生まれて8ヵ月後のことであった。
 そして、記者は、遺族となった彼の奥さんと二人の子供が、米国ワシントン州タコマ市へ移住していたことを突き止めた。記者のはからいによって、アールとタイガー ウッズ父子は、1997年、カリフォルニア州サイプラス市の父アール・ウッズの自宅で、グェン・フォンベトナム軍中佐の奥さんと子ども二人と感動的な再会を果たしている。

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