恋愛成就のメールテクニック
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キジも鳴かなければ・・・・・。

あらら、STAP細胞の論文で燃え上がった火の手は、小保方さんの博士論文にまで延焼し始めちゃいました。
博士論文序章26枚分ほとんど全部がコピーされているみたい。書き始めからまる写しですか。大胆ですねぇー。

BackgroundのPDF→http://stapcells.up.seesaa.net/image/Background.pdf (BACKGUROUNDの部分)
剽窃された元ネタ→http://stemcells.nih.gov/info/basics/pages/basics1.aspx (I. Introductionの部分)

日本人の書く英語は、英米人が書く英語とは少し違うので、あの英語を読んでみれば日本人が書いた英語かどうか、どこからかそのまま持ってきた英語なのかの見分けがつく。きっと、誰も論文を読まずに博士号をあげたのだと思います。
博士号は剥奪ということになるでしょう。

「このひとは理研なんかに進んで大失敗だったな。ジャスダック上場当たりの中堅化学メーカーの研究室でのんびり研究して、適当に結婚しておけば良かったのに。」という声がネット上にあった。
確かにそうかもしれない。STAP細胞の論文さえ出さなければ、ばれずにずっと博士でいられたのに。
キジも鳴かずば撃たれまいということです。今回は、大きな声で鳴いて(鳴かされて)しまったので、国内はもとより海外からも鉄砲玉が飛んできた。

それでも、STAP細胞はつくって欲しいな。

指導教官と言ってよいのかわからないですが共著者の山梨大学の若山照彦教授の経歴を見たら、これがまた面白い。

Wikipediaからの人物経歴を要約するとこんな感じになる。↓
(要約)
神奈川県横須賀市出身。小さいころから学校の成績は悪く、小学校の成績は5段階評価でほとんどが2だった。小学校6年間で理科に4が1つついたのみだった。
その後も、地元の公立高校から1浪して、受験科目に英語のなかった茨城大学農学部に進学。1992年に茨城大学の修士課程を修了。大学院の指導教官と対立したため、茨城大では博士課程に進学をせず、1996年東京大学博士課程修了、博士 (農学)(東京大学)。1996年に、ハワイ大学に留学し、柳町隆造・ハワイ大学医学部教授のもとで世界初の体細胞クローンマウスの誕生に成功した。
(要約終わり)

茨城大学の農学部って受験科目に英語がなかったの?英語が無かったから茨城大学を選んだという風にもとれる。そういう人がハワイ大学に留学してしまう。人生いろいろ。
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